「不思議な少年」3巻、「日出処の天子」を久々に読み返して

不思議な少年(3) (モーニング KC)

不思議な少年(3) (モーニング KC)

重い・・・。特に第九話。えええええ!?って感じだわな。
でも好きです。


で、先日日記にも書いた「日出処の天子」を読み返しました。
とにかく、「あああもう、毛人のバカっ!!」と幾度となく叫びつつ読んだ(笑)
しかし怖い漫画です。愛憎と欲望が縦横無尽っていうか。
第四巻(私がもっているのは文庫版。もっと大きいサイズのものが欲しいなーとあらためて思った。)くらいまで読んで、やっとこの漫画の結末と読後感を思い出し、気軽に読み始めるんじゃなかったぜ・・・と後悔。
終わり方としてはこれ以上ないものではあるんだけど・・・。
後日談としての番外編、「馬屋古女王」なんて・・・こわすぎるよ!!
厩戸王子もこわいっちゃあこわいんだけど、ちょっとかわいらしいところもあるし・・・。
山岸凉子のほかの作品でもめちゃくちゃこわいのありますよね。読めないんだよ・・・こわすぎて・・・。
しかし今回読み直して、自分にとってこの作品はトラウマになってるな・・・てことを感じた。
文庫版の二巻の巻末にある作家の氷室冴子との対談がすごく興味深かった。
「ものを書く人って、その人の遺伝子に後天的に組み込まれたっていうと変だけど・・・基本的に繰り返す関係性、シチュエイションがあるんですね。」(氷室さん)
ってものすごくわかるなあ・・・。ものを書く人だけじゃなくて、受け手側もそうだと思う。なんか追い求めている型っていうのがある気がする。
私のその「原型」のひとつに厩戸と毛人がいるような気がした。すなわちトラウマ!
あと、ここで山岸さんが言っていることが伏字になってるんだけど、これなんなんだろう。めちゃくちゃ気になる。
「それは実は-------を止めるための手なんですよ。」というところ。「------の欲望を、現実的に抑止するための?」(氷室さん)。
なんだか自分にとってもすごく関係あることのような気がするんだが。わからない。